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愛と哀しみの果て(out of Africa)/1985




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すごくいい映画でした。この監督(シドニーポラック。『追憶』など)の作品を見たのは初めてだし、こういう静かな映画あまり見ないのだけど、2時間半の長い作品ながら、どっぷり楽しめました。

 

感想(ネタバレ!)

どこから話せばいいのかわからないですが、まず主人公カレンという女性について。

カレン

印象的だったのは、夫のブロアに頼まれた物資調達の途中、彼女の牛がライオンに襲われるんですね。作中でカレンは三回襲われますが、二回目でなんとムチ1本でライオンと戦います。どうやって撮影したのかは謎ですが、これが実話ならすごい!だって戦えますか???笑ちょっと鳥肌がたってしまいました。カレンはともかく、勇気、責任感があるかっこいい女性なんですね。同性ながら、最初から最後までカレンという女性に惚れ惚れとしてしまいました。

アフリカ

デニスがマサイ族について語るシーン。

「彼らは特別なんだ」「絶対に手なずけられない」「彼らは「今」を生きているんだ。「未来」は考えない」

マサイ族は、アフリカの象徴ですね。そしてデニスはその生活に憧れています。命がけで狩りをし、食料を手に入れ、子孫を増やしていく、無欲で自由な生活。デニスもまた、自由を何よりも愛する旅人です。

カレンの英国人気質について、たびたび批判もします。カレンが読み書きを教えるために学校経営を始めた際のデニスの言葉。

ディケンズでも読ませるのか」「彼らには彼らなりの物語がある」「英国のやり方を押し付けるな」

たびたび慈善活動として、アフリカの学校建設という言葉を聞きます。教育は技術、医療、職業訓練などのあらゆる礎になることから、アフリカの諸問題を解決する基礎としてその大切さが叫ばれます。だからこのデニスの言葉はショッキングでした。アフリカの貧しい現状を救ってやらなければいけない、という考えがそもそも先進国の人間の驕りなのかもしれません。デニスは、マサイ族の人々は白人にも無関心で、これが自らを滅ぼしているといいます。アフリカの民族の、たびたび植民地支配を受けながらも自立性を失わない描写は、怪我をした少年や、カレンのいう通りにできないクック(同一人物でした?確認取れませんでした><)のシーンなんかに出てきます。

この作品で一番個人的に共感したデニスの言葉があります。人間より動物が好きなのじゃないかというカレンに対し、「人間は生きることに退屈している。『僕も君も少なからず気に入ってる。では、ベッドに入らないか。』」「動物は求愛も狩りも一生懸命だ。」ユーモアたっぷりだし、ズバリ的を得てるという気がします。みんなもう何もかも飽き飽きして、余生の退屈さを埋めるための一時しのぎを必死に探っているようです。自分も、よくないのですが、そういう感情が浮かぶ時があります。そんな風には、なりたくないなと思います。でもそう思っているということ自体、半分はその世界に突っ込んでいるということなのかもしれません。

大好きなエリュアールの詩の一節を思い出しました!

 

愛することより生きることに

意味を見つけようとするぼくよりも

オオヤマネのむさぼる眠りこそ正しいのだ

  (「和解」Ⅱ)

 

カレンとデニスのロマンス

邦題は、このことを主に行っているのでしょうね。松岡正剛さんが、1438夜で「メロドラマ仕立て」と言っていましたが、それほどこの作品で二人の恋愛はクローズアップされてないようにも思います。でも、原作はもっと素晴らしいのでしょうね。早いとこ読みたいですね。

しかし、この二人のラブにも私はニコニコしっぱなしでした笑。二人のキャラクターが素晴らしいから、陳腐なシーンが全然ない。カレンとデニスが同居生活をしている時、二人は現実的な話を一切しません。ただカレンが物語を考え、それをデニスが少年のような眼差しで聞いているのです。でも自由を愛するデニスとデニスを自分のものにしたいというカレンにはたびたび衝突が生じます。結婚を申し込んで欲しいというカレンに、デニスは「紙切れ1枚で君への気持ちは変わらないよ」といいます。喧嘩別れでデニスが帰ってきた後のシーン、これがデニスとカレンの最後の時間になるわけですが、とてもいいです。デニスは、ようやく「孤独」が分かったといます。その時のカレンを求める眼差し!一方カレンも家事で全てを失い、「自分のものなど何もなかった」ことがわかるのです。家具のない部屋の中で、カレンが「家具なんて全然必要ないのね」と言い、デニスが「懐かしい気がする」というシーンが象徴的ですね。この時、ようやく二人はお互いを深く理解しあったのでしょうか。しかしデニスはなくなります。なぜでしょう、カレンのものになった(正確には、なりかけた。カレンは自分のものですらなかったと言っていますね)からでしょうか?デニスは幸せだったのでしょうか。私は幸せだったのだと思います。ようやくデニスは愛が分かったのかもしれないからです。飛行機で死ぬというのもデニスらしいですね。

亡くなったデニスにカレンが送った詩

 レースに優勝した君を 私たちは広場で迎えた

 大人も子供も歓声を上げ 君を肩に担ぎ上げた

 時は若者の上を通り過ぎ 栄光は永く止まらない

 月桂樹の瑞々しい緑は 薔薇より命が短い

 はかなき勝者の列に 君が入ることはもはやない 

 君は人生を駆け抜け 君を覚えているものはもはやない

 月桂樹の冠を戴いた君を死者たちが取り囲む

 その髪には摘んだばかりの 花の冠

 はかない花の冠

 

 アルフレッドエドワードハウスマン

 

カレンがアフリカにとっての自分は何なのだろうという問いかけは、そのままデニスへの思いへと繋がる気がして、カレンの寂しさを感じてしまいました。

 

 平原を渡る風は私の服の色を覚えてくれているだろうか

 子供達はゲームに私の名をつけてくれる?
 満月は屋敷の前の砂利道に私の影を投げかける?

 ンゴング山のワシは私の姿を探してくれる?

 

小話

バークレーの恋人のソマリ族の女性は、あの、イマンアブドゥルマジドですね。すごく綺麗でした。

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現代は、「out of Africa」「アフリカの外から」という意味らしいです。んーどういう意味があるんだろう。これ以降、アフリカに戻らず、「アフリカの外」でこの物語を書いたからなのか。カレン達がアフリカの外から来たということなのか。よくわかんない。

原作も読みたいと思います。また感想が変わると思うので、記事を書き換えるかもしれません。「存在の耐えられない軽さ」でもそうだったのですが、映画のクオリティは高くても、やはり2、3時間で全部伝えられるわけがなく、原作を後で読んでやっと映画のいろんなシーンの意味がわかるということがあります。

その現象が起きたら、また記事更新します。ほんとおに拙い文章ですみません。

静かな、もお現実世界を忘れるほどの良質な感動が得られます!おすすめです!!