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ダルデンヌ兄弟

U-Nextは、神様です^^U-nextのおかげで彼らの

存在を知り、どっぷりでした。

イゴールの約束」「ロゼッタ」「息子の眼差し」「ある子供」「ロルナの祈り」「少年と自転車」が対象作品です。

この中でも特にお気に入りなのが、「ロゼッタ」「息子の眼差し」「ロルナの祈り」です!

 

ロゼッタ

ロゼッタが貧困や、酒に溺れ身を売ってお金を稼ぐ母親、母親譲りの持病に苦しみながらも、ちゃんとした職に就き、一人でも生きていこうともがく物語。

彼女の生に固執する姿、苦しむ姿がすごく素晴らしくて、いい映画だ、と思いました。パルムドールをとっただけあって、今回見た中で一番完成されているようにも思われました。男の子とのやりとりも素晴らしくて、ラストシーンの情景がすごく印象的で、涙しそうになりました。

 

息子のまなざし

とことん抑えた表現と、ラストシーンが俊逸。息子を殺された父親が殺人犯の少年に対峙するっていう重厚なテーマを、こんな風に淡々と描くなんて、すごい素敵!って思いました。

 

「ロルナの祈り」

見ていて涙量が最も多かった作品。前半は、ロルナとクローディの関係、二人の愛を描き、後半は一人になったロルナが彼との子供(想像妊娠だと判明しちゃうけど・・・)を守るために頑張る。二人の関係が変わるところや、その時のロルナの嬉しそうな表情、ロルナが子供に呼びかけている姿が、すごく印象的。個人的には、一番好きです。「ロゼッタ」に似たところが結構あります。男女の愛と、弱い立場にある主人公が、必死に生きて行く、美しい物語。

レッドタートル ある島の物語

素人による感想、と先に銘打っておきます・・・・

なぜならこの映画の解釈をするのは難しいからです・・

映画のストーリー自体は、分かりやすいのですが、解釈となると、難しい。メタファーがいっぱいある気がするけど、残念ながら私にはまだそれを理解する能力はありません。

ただまだ他人のレビューを見ていない、率直な自分の感想をなるべく簡潔に書こうと思います。 

あらすじ(物語の中盤ほどまでのネタバレを含みます)

 ある青年が、海難事故に遭い、島にたどり着く。彼は自然豊かなその島で生活する術を身につけながらも、いかだを作って島を脱出しようと試みるが、3度とも海の中からの何か大きな力によって、いかだを壊され、島に帰ることを余儀なくされる。彼は絶望するが、ついに彼は自分の道を3度も阻んだものの正体を知る。それは真っ赤で大きなウミガメだった。再び、彼はウミガメに脱出を阻まれるが、砂浜にそのウミガメが上陸したのを発見し、そのカメに致命傷を負わせる。仰向けになって動かなくなったカメのそばで、日々を過ごしてゆく。ある雨の日、カメの腹にヒビが入り、その中から、美しい女性が出てきた。

漂流した青年 

青年が島からの脱出を望む心が生み出す夢が美しい。心豊かな青年だとわかる。

そもそも何で彼は海の真ん中に、たった一人で粗末なボートを漕ぐことになったのか。そのエピソードは全くない。彼が島に来る前どんな生活をしていたのかもわからない。

私が想像するに、孤独な青年だったのかなあ。回想シーンは一切なく、「かつての」(「俗世の」「元の世界での」と言った方が正しいかも)交友関係や仕事なんかは全く浮かんでこない。だからこそ、彼はこの物語で島に永住することができたのだろう。

別の見方をすれば、こんな風に彼が過去を持たない青年であることや、会話シーンのほとんどないこと、彼の目が線であることは、私たちが彼の物語でなく、私たちの物語で見て欲しいという希望が込められている気がする。

 アカウミガメの意味するものは??

一体、このアカウミガメはなんなんだろう。青年とウミガメ(女性)の恋を、ラブストーリーとみていいのか、もっと普遍的な意味が込められているのか。

前者なら、孤独な青年と、永遠の命を持った神秘的な生き物との恋、ということになる。女性が青年の後に流されてきた人間の女性なのではなくて、彼の行く道を阻んだウミガメであるという点が、重要だろう。重要なのだろうけど、わかんない。だいたい、ジブリの女性像は、神秘性を帯び過ぎている。魔法使いに、もののけ姫に、かぐや姫に。空を飛んだり年をとったりちょお大型犬と親子になったり。理想が高すぎるよお!プンプン><

後者なら、自分と、他者との関係・・・だろうか。島には青年と、女性と、その子供と、動植物以外には何もない。巨大ショッピングモールも、学校もない。だからこそ、他者(人間か動物か自然かは置いといて・・・)との関係とは何なのかというテーマがあるような気がする。

あと、人間と自然の関係も考えられる。青年が島に流された時、生裸の自然に圧倒される姿が描かれる。序盤の波のシーン、津波のシーンは圧倒されて、少し恐怖を感じた。そこにやってくるウミガメは、青年の底なしの孤独を救う存在。人間と、動物と、海(雨)。話の全編を通して、水が鍵!

ぽ(lalala)よのこめんと!!

これは、テレビで見る映画ではありません!ぜひ映画館で見よう!自然の脅威の迫力描写とか、壮大な音楽とか、ぜひ映画館で体験するのをお勧めする!!

 

 

サスペリアpart2/ある子供


長い感想文を書くことはできないが、「いい」とおもった映の感想軽く書きます。今回は全く関連性のない2作。一つはイタリア。一つはベルギー・フランス。

 

 

サスペリアpart2/ダリオ・アルジェント/1975


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 事情あってこの日かなりグロいものを見て、「こんなのホラー映画なんて目じゃない」って思ったので、試しに怖がってみてなかったホラーの名作、見てみました。見れました。思ったより怖くなかった・・・けど、最後怖かった。

私初めの絵画に全く気付かなかったんですよね。だからぞわあ!っとしました。もろ犯人のかおを出すという大胆さに脱帽します。

この後ちょっと怖くなって、glee見て中和しました笑また書きたいですけど、gleeってほんといい中和剤になってくれるんです。すごい暗い話だったり、怖かくてもgleeで笑えばなんか大丈夫になります。

話それましたが、確かに、物語そのものは平凡だけど、映像や演出が芸術的な感じ。こういうアートなホラー映画というのにまだ見慣れてないんです。ただ「怖いなあ〜」みたいな感じで笑、「この小道具や舞台がゾクゾクする!」という見方ができるようになりたいです。

個人的には、最初の女魔術師が出てくるシーンから殺されるくらいまではかなり緊迫してみてましたが、だんだんちょっと飽きてきちゃいました笑グロいシーンは、初めてめをそらさずに見れました。殺害描写を丁寧に書いてるのは嫌だけど、この日本当の血をいっぱい見たので、「んーペンキの色だあ。わざとこういう現実離れした色にしてんのかな?」とか思いながら冷静に見れました。

存在感があったなのは、記者のジャンナ。ホラー映画にぴったりな感じのビジュアル。調べたら、監督の元パートナーで、製作にも参加してたんですね!どおりで。あと一瞬出てきたカルロの彼氏(?)。中性的で、すごく素敵だった。

 

ある子供/ダルデンヌ兄弟/2005 


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 u-nextで見放題。パルムドール受賞作と聞いて、みました。初めの方は、この間の多さの中にどんな心理描写があるのかわからない!難しい映画だなあと思いましたが、途中から主人公のブリュノがどうしようもない奴なのではなく、すごおい子供なんだとわかり、(「ある子供」って彼なのかあとわかり)ソニアに「愛している」って言ったのは彼にとっては、都合のいい嘘じゃなかったんだなあとか、子供を売るっていう最悪のことをした理由もわかりましたし、ブリュノにちょっと感情移入してしまいました。

最初はソニアひたすらかわいそう・・・、ブリュノがすごい裏表のあるやつなの?だったらすごい嫌な映画だなあと思ってたので、なんだか安心して、お金ないのに彼女にお揃いのジャンパー買ってあげたり、一緒に盗みを働く相手が子供だったりするところがかわいいなあとか思ってしまいました。金銭感覚も道徳もないこの主人公はすごく純粋で魅力的。

あと、よかったのがファッション!女の子の赤いセーター、ミニスカート、ジャケット、

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主人公のジャンパー(紺・赤)がすごくおしゃれ!ブランドのカタログを見ているような気分になった。お金ないのに、ヨーロッパとかその辺りってこんなに可愛いカッコできるのかな?売ってる服のセンスの標準がすごく高いのかも。

 

 

生きる/黒澤明/1952


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終始こういう顔をしてる。


午前10時の映画祭で、500円で見れました^^u-nextに加入して1800円分見れるので、実質無料です^^黒澤明の作品は、「羅生門」に次いで2作目。ネタバレあり!

 

 

 

政府への批判

 

 

 「生きる」は「生きるとはどういうことか」というメッセージとは別に、役所の制度(政府)への批判も結構占めていました。公園の建設についていろいろ理由をつけて別の課へどんどん回して最後は元に戻ってくしーんは、ありそうでなくておもしろかった。

物語の最初は、主人公のワタナベさんが「生きていない」人間なので、この人について語ってもしょうがない、とナレーションに見放されてるのが、面白い。主人公が「こいつは死んだも同然だから」って言われてる映画って、なかなかないですよね笑 

役所とそこに勤める人間については、役所の女の子のギャグが一言で表してます。「『休めないの?あなたがいないとみんなが困るのかしら』『いや、僕がいなくても大丈夫ということを確認すると困るんだ』」(うろ覚え)みたいな内容です。

 

主人公ワタナベさん

 

 この映画のすごさは、主人公演じる志村喬さんでかいなあとわかりました。んーどうすごいかというと私の語彙力では伝えられないのですけど、「ザ・演技」という感じ。「この人演技していないみたいに自然だなあ」じゃなくて、舞台の演技みたいに、「すごい迫力だなあ」って感じです。終始、この人はもうすぐ死んで、だから死に物狂いで生きているんだと納得するんです。

 私が序盤早くも泣いてしまったシーンは、胃がんがわかって家にいると、太宰治似の息子が「お父さんお父さん」と叫んで、父は急いで階段へ向かうが、その後「もう寝るよ。戸締りお願い」に続いたのに嘆いて階段でうつむき、息子を心で呼びかけるシーン。すごく上手い演出だと思ったし、これは、もう今まで見た映画の中でもトップクラスの「泣きポイント」です。

結局二人は最後まで打ち解けません。葬儀の場で、「お父さんは胃がんのこと知ってたんですか」と聞かれ、「いえ、知ってたら私に言うと思います。知らなかったことが、父にとって救いでした」みたいなことを言うシーン。息子は父との関係が救いようなく悪化してることに気づいてすらいないんですね。それに続く言葉も、事実とは正反対な(本当は父のことを全然わかっていなかった)だけ、愛のない定型文のように響きます。

この物語、結構ストレートで、お泣かせ、なようでこういうところが他の平凡な映画とは別物です。だってワタナベさん、いくら最後の仕事で今までの無意味な30年間を取り返したとしても、やっぱり息子が一番だったはずです。彼が一番望んでいたのは、息子との関係の修復だったはず。最後の葬式の「なんで僕に言ってくれなかったんだ・・・」というシーンで救いはありますが、やはり一番大事だったことは死に物ぐるいでも取り戻せなかった。息子との関係が悪くなったのは、おそらく役所の女の子が指摘する通り、役所で無意味に働くことを心の奥で息子のせいにしていたからでしょう。こーゆうところがリアルですね。

 

 

印象深いシーン


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ブランコシーン

 

 映画についていろいろ不満があっても、これ!っていうシーンが一つでもあるか、ないかって一番重要だと思います。やっぱり一番印象的だったのは、ワタナベさんが公園で死ぬ前、雪の中でブランコに乗りながら「いのち短し恋せよ少女」を歌うシーン。ここを見て、これだけで映画館で見てよかったなあと思いました。あと、葬式のあとワタナベさんについてみんなが語るシーンも印象的です。今までこういうのってなかったなあって。30分くらいあります。

この映画は単に「余命宣告を受けた中年男性が今までの人生を悔やみ、偉業を成し遂げて死ぬ」みたいなのとは違うんだろなあって思うのが、そういうシーンのおかげ。一歩間違えれば、この手の話って、説教くさくなると思うんです。結構ギリギリをいってると私は思いました。この映画を「泣かせ」映画とか「教訓的」映画とかって解釈して避けてしまう場面も結構ありました。でも、見たのが中年以降だったら、この映画ってかなりぐさっとくると思います。映画で身につまされるという経験はいくらでもあるけど、作者は説教したいわけじゃないですよね。ワタナベさんが死ぬ前の半年で命がけで生きても、ちゃんと成し遂げられたのは公園建設だけです。もちろんすごいことだったけど、息子との関係もダメ、役所の人間は変わらない、唯一良心のありそうな人も、声を上げるのをやめてまた仕事を始める場面が象徴的です。(彼も、渡辺さんみたいな、最後を遂げるんでしょうか)一人が死に物狂いになっても、人の気持ちや、組織は、なかなか変わらない。でも最後の公園のシーンを見れば、生きることは素晴らしいってなんだか思います。

 

ベティ・サイズモア/2000


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tsutayaの発掘良品!楽しそうなパッケージだったので選びました。カンヌ国際映画祭脚本賞らしいです!確かに、心理ドラマとしても、コメディとしても、楽しめましたし、濃密でした。

考察っぽい感想(ネタバレ!)

ベティ

ベティがドラマと現実の見分けがつかなくなったにはいつなんでしょうか?夫の殺害シーンが引き金を引いたのではあるのでしょうが、なんか気になる点が。ベティがカフェテリアの同僚に看護婦になるためのお金をもらった際、「できのいい旦那をもったせいでなかなかなれないんでしょ」といったように聞こえたのですが・・(?)。「悪い」だったのかな?吹き替えで見たので、曖昧です。旦那は浮気をし、妻にひどく当たる最悪な人間。ベティの「愛がすべて」をけなし、浮気相手の「上客」が来るから電話しないでくれとベティに浮気を示唆する。また、デヴィッドのボードをもらった時、「こんなのどこで手に入れたの」とベティがいうと、「インターネットに決まってるじゃない」と答えた時のベティの腑に落ちないという微妙な表情もきになります。すでに「愛がすべて」の世界にはいっていきかけ?だったのではないでしょおか。理想とは正反対の夫に失望して、逆のことを言っていたとか?でもこれは、同僚がなんと言っていたかで全然違いますね。もしくは、皮肉で「できのいい」と言っていたのか・・・。謎。まだテレビドラマと認識しているというのは、夫との会話や親友にビデオを借りているシーンでわかりますが、このころから自分の欲求をそのまま口にしてしまうという癖(?)くらいはあったのかもしれません。

すみません。ここら辺は間違った解釈かもしれないです。

思い込みってこわい!

 ベティはデヴィッドを昔のフィアンセと思い込んでしまいます。それと同じことが、いろんな人におこっているのが面白いです。殺し屋の父チャーリーや新聞記者はベティをいわゆる神化し神聖で純粋で美しいものと現実以上に考えてしまう様子がユーモアで語られます。ジョージも同様です。恋は盲目とも言いますが、ある相手をすごく素晴らしいものと勝手に想像して、失望するというのはほんとによくありますね。個人的に自分もそういうとこあります・・・笑。相手にとっても迷惑ですから、そういうのって、よくないですよね。ネットの仮想カレカノやアイドルというのは、その期待を満たしてくれる存在だから、現実よりもその世界に没頭していく人は多いです。そういうファンって大好きな芸能人がイメージに合わなかったり、期待はずれなことをしたら、すごく怒りますよね。まったく理不尽な話ではありますが・・・。

大人になれない子供

 キャラクターで印象的だったのは、殺し屋の息子。ネイティブアメリカンに対する悪口に怒りを燃やし、「殺人を犯すのは魂のかけたような人間だ」というベティの親に対し、「殺人は自然な行為だ。神だって殺しあう」と反発する。すぐカッとしてしまうザ・若者ですが、言っていることは妙にまともで、ベティやチャーリーとの対比になっています。彼らは大人ですが、「あったらいいな」っていう夢を抱きますね。彼らのように非現実に没頭してしまうのは、実はたくさん現実で理想と違う、嫌な体験をした大人なのではないでしょうか。ベティは昔から、素敵な結婚を夢見ていただろうに、それがことごとく裏切られ、しかも夫は惨殺されるという現実に耐えられず、逃避してしまったのだ。チャーリーも最後の仕事を、プライドにかけて美しく終わらせたいと願っていたのに、息子の失態でうまくいきそうにないという現実から逃れるためという理由もあってか、ベティを最後の標的としてふさわしい女と思い込んでしまいます。すごく現実的な息子とは、対照的ですね。

ラスト

 ラストは登場人物が夢から目覚めて新たな一歩を踏み出していく感じです。殺し屋の父は息子が殺されたことで、ようやくただのつまらない昼メロ(とそれに没頭していたベティ、そのベティを理想の女性と思い込んでしまった自分自身)が原因で、息子が死んでしまったのだと気づきます。ベティもですね。うまい感じに、チャーリーの言葉でまとまった感じですけど、彼が憧れの女性ベティと部屋にこもってよくわかんない愛の言葉(?)を長々と言ったりしなければ、息子は死ななかったかもしれないですよね。テレビ見てた息子も悪いですけど、チャーリーもいれば、不意を突くことはできなかったはずです。そう考えると、夢から覚めない大人、思い込みってすごく怖いと思いました。

 

愛と哀しみの果て(out of Africa)/1985




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すごくいい映画でした。この監督(シドニーポラック。『追憶』など)の作品を見たのは初めてだし、こういう静かな映画あまり見ないのだけど、2時間半の長い作品ながら、どっぷり楽しめました。

 

感想(ネタバレ!)

どこから話せばいいのかわからないですが、まず主人公カレンという女性について。

カレン

印象的だったのは、夫のブロアに頼まれた物資調達の途中、彼女の牛がライオンに襲われるんですね。作中でカレンは三回襲われますが、二回目でなんとムチ1本でライオンと戦います。どうやって撮影したのかは謎ですが、これが実話ならすごい!だって戦えますか???笑ちょっと鳥肌がたってしまいました。カレンはともかく、勇気、責任感があるかっこいい女性なんですね。同性ながら、最初から最後までカレンという女性に惚れ惚れとしてしまいました。

アフリカ

デニスがマサイ族について語るシーン。

「彼らは特別なんだ」「絶対に手なずけられない」「彼らは「今」を生きているんだ。「未来」は考えない」

マサイ族は、アフリカの象徴ですね。そしてデニスはその生活に憧れています。命がけで狩りをし、食料を手に入れ、子孫を増やしていく、無欲で自由な生活。デニスもまた、自由を何よりも愛する旅人です。

カレンの英国人気質について、たびたび批判もします。カレンが読み書きを教えるために学校経営を始めた際のデニスの言葉。

ディケンズでも読ませるのか」「彼らには彼らなりの物語がある」「英国のやり方を押し付けるな」

たびたび慈善活動として、アフリカの学校建設という言葉を聞きます。教育は技術、医療、職業訓練などのあらゆる礎になることから、アフリカの諸問題を解決する基礎としてその大切さが叫ばれます。だからこのデニスの言葉はショッキングでした。アフリカの貧しい現状を救ってやらなければいけない、という考えがそもそも先進国の人間の驕りなのかもしれません。デニスは、マサイ族の人々は白人にも無関心で、これが自らを滅ぼしているといいます。アフリカの民族の、たびたび植民地支配を受けながらも自立性を失わない描写は、怪我をした少年や、カレンのいう通りにできないクック(同一人物でした?確認取れませんでした><)のシーンなんかに出てきます。

この作品で一番個人的に共感したデニスの言葉があります。人間より動物が好きなのじゃないかというカレンに対し、「人間は生きることに退屈している。『僕も君も少なからず気に入ってる。では、ベッドに入らないか。』」「動物は求愛も狩りも一生懸命だ。」ユーモアたっぷりだし、ズバリ的を得てるという気がします。みんなもう何もかも飽き飽きして、余生の退屈さを埋めるための一時しのぎを必死に探っているようです。自分も、よくないのですが、そういう感情が浮かぶ時があります。そんな風には、なりたくないなと思います。でもそう思っているということ自体、半分はその世界に突っ込んでいるということなのかもしれません。

大好きなエリュアールの詩の一節を思い出しました!

 

愛することより生きることに

意味を見つけようとするぼくよりも

オオヤマネのむさぼる眠りこそ正しいのだ

  (「和解」Ⅱ)

 

カレンとデニスのロマンス

邦題は、このことを主に行っているのでしょうね。松岡正剛さんが、1438夜で「メロドラマ仕立て」と言っていましたが、それほどこの作品で二人の恋愛はクローズアップされてないようにも思います。でも、原作はもっと素晴らしいのでしょうね。早いとこ読みたいですね。

しかし、この二人のラブにも私はニコニコしっぱなしでした笑。二人のキャラクターが素晴らしいから、陳腐なシーンが全然ない。カレンとデニスが同居生活をしている時、二人は現実的な話を一切しません。ただカレンが物語を考え、それをデニスが少年のような眼差しで聞いているのです。でも自由を愛するデニスとデニスを自分のものにしたいというカレンにはたびたび衝突が生じます。結婚を申し込んで欲しいというカレンに、デニスは「紙切れ1枚で君への気持ちは変わらないよ」といいます。喧嘩別れでデニスが帰ってきた後のシーン、これがデニスとカレンの最後の時間になるわけですが、とてもいいです。デニスは、ようやく「孤独」が分かったといます。その時のカレンを求める眼差し!一方カレンも家事で全てを失い、「自分のものなど何もなかった」ことがわかるのです。家具のない部屋の中で、カレンが「家具なんて全然必要ないのね」と言い、デニスが「懐かしい気がする」というシーンが象徴的ですね。この時、ようやく二人はお互いを深く理解しあったのでしょうか。しかしデニスはなくなります。なぜでしょう、カレンのものになった(正確には、なりかけた。カレンは自分のものですらなかったと言っていますね)からでしょうか?デニスは幸せだったのでしょうか。私は幸せだったのだと思います。ようやくデニスは愛が分かったのかもしれないからです。飛行機で死ぬというのもデニスらしいですね。

亡くなったデニスにカレンが送った詩

 レースに優勝した君を 私たちは広場で迎えた

 大人も子供も歓声を上げ 君を肩に担ぎ上げた

 時は若者の上を通り過ぎ 栄光は永く止まらない

 月桂樹の瑞々しい緑は 薔薇より命が短い

 はかなき勝者の列に 君が入ることはもはやない 

 君は人生を駆け抜け 君を覚えているものはもはやない

 月桂樹の冠を戴いた君を死者たちが取り囲む

 その髪には摘んだばかりの 花の冠

 はかない花の冠

 

 アルフレッドエドワードハウスマン

 

カレンがアフリカにとっての自分は何なのだろうという問いかけは、そのままデニスへの思いへと繋がる気がして、カレンの寂しさを感じてしまいました。

 

 平原を渡る風は私の服の色を覚えてくれているだろうか

 子供達はゲームに私の名をつけてくれる?
 満月は屋敷の前の砂利道に私の影を投げかける?

 ンゴング山のワシは私の姿を探してくれる?

 

小話

バークレーの恋人のソマリ族の女性は、あの、イマンアブドゥルマジドですね。すごく綺麗でした。

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現代は、「out of Africa」「アフリカの外から」という意味らしいです。んーどういう意味があるんだろう。これ以降、アフリカに戻らず、「アフリカの外」でこの物語を書いたからなのか。カレン達がアフリカの外から来たということなのか。よくわかんない。

原作も読みたいと思います。また感想が変わると思うので、記事を書き換えるかもしれません。「存在の耐えられない軽さ」でもそうだったのですが、映画のクオリティは高くても、やはり2、3時間で全部伝えられるわけがなく、原作を後で読んでやっと映画のいろんなシーンの意味がわかるということがあります。

その現象が起きたら、また記事更新します。ほんとおに拙い文章ですみません。

静かな、もお現実世界を忘れるほどの良質な感動が得られます!おすすめです!!

 

 

poyoちゃんのはてなブログがはじまる

大層な題名だよ。なんか、友達におしゃべりしたいことを主に書こう。

私ひととおしゃべりするのが、多分一番好きなので、ここでおしゃべりします。

でもブログ上で友達ができても、ちょっとなんだか申し訳ない?というかそう言う変な気持ちになります。礼儀とか言葉使いとかよくないと思うので。

楽しくいこお〜〜

lalalalalalaってぽよの間に付けたしねえ^^

何かこお!?楽しみだなあ。自分で文章を書くって、すごく楽しいんだろうなあ。

ちなみに、私poyoはものすごく文章下手です。というか、喋るのも下手なので、根本的な日本語力がよくない。けど、頑張ります。